ヴェノム

 

いやー「ヴェノム」すごかったですね。今をときめくMarvel Cinematic Universeに属するトム・ホランドの「スパイダーマン」シリーズ……とつながってないけどスパイダーマンの宿敵、といういまいちよくわからない位置づけの、ぶっちゃけ今はつながってないって言ってるけどヒット具合によってはワンチャンある――!!という色気まるだしスピンオフとして誕生した(※私の主観です)「ヴェノム」ですが、ふたをあけたら予告編公開時の「なんかだめかも…」という空気感を吹き飛ばす大ヒット。懐かしさ満載の内容でちょっと批評的には失敗したけど(わかる)観客の反応は上々(わかる)というトータル成功作となりました。

ダークなヴィラン/アンチヒーローの映画かと思ったら物語構成はほとんどヒーロー映画と同じだし(注1:これは「ス―サイドスクワッド」「デッドプール」などでもそうだったので2018年現在、直近でもっとも成功したヴィラン/アンチヒーローのオリジン映画は「スプリット」ということになりナイト・シャマランの独走状態です)(注2:でもエディは倫理観があきらかにアレなのでアンチヒーローなのは間違いないと思います後述)、そもそもエディ(トム・ハーディ)もヴェノムもかわいさ推してきてない?!なにこれ?!と全世界が困惑の洪水で流されたあと、映画版エディとヴェノムのカップリングがこの地上に爆誕した。神は言われた。最初に困惑あれと。

私もやはり今作は2018年度このBLがすごい大賞映画部門の有力作だと思うのですがよく考えたらBLではない可能性もあるというか、そもそもシンビオートに人類っぽいジェンダーがあるかもわからんし、それにヴェノムの声優はトム・ハーディだしようするにヴェノムはエディでありエディはヴェノムなので、これはBLとしても見られるけどSL(セルフラブ)としても見られるんだろうなって思ったという話をしたい強い気持ちが私にブログを再稼働させました。

ここから下はネタバレ前提なので見てからお願いします。あと一回しか見てないのでところどころ現実と妄想の区別がつかなくなってるかもしれないけど発覚したら直します。

 


●BLとしてみるヴェノムとエディ~あの告白唐突じゃなかった?~

唐突だと思います。

ちなみになのですが私は唐突なものに萌える人です。唐突、困惑……そういうものがないと本気(マジ)になれない。プロット内でよく説明され昇華された愛は「いやー良い話だったね!」と思うのですが、「今のなに……? 私の見間違い??」となってからが点と点をつなぐ萌えの旅の始まりなんだ……(※私の主観です)。

さて宇宙から地球を侵略しにやってきたことが判明したシンビオートのヴェノムですが、気が変わったので地球を守ると言い出します。「なんで気が変わったんだ?」と当然の質問をするエディにヴェノムの唐突な告白、はい。「それはお前だ、エディ(Because of you, Eddie.)」

ここでもう「エッいつのまにそんな仲に……?」と困惑の嵐ですよね。エディここまでそんな宇宙人も惚れちゃう!みたいないいとこ見せてないですからね。点と点とつなぎたい。おもんぱかりたい。ここで最大限におもんぱかってみると、彼らシンビオート族(仮名)はどうやら侵略を使命とする種族で、宇宙のいろいろなところに自分たちの仲間を送り込んでいるようです。そのわりに派遣先の星で良い宿主を見つけられないと短時間で死ぬとかかなり虚弱。察するに、シンビオート族は大量に繁殖し、ダメもとで広範囲に分散することで侵略活動を行っているのではないでしょうか。地球にきたシンビオートも寄生できたのはヴェノムとライオットだけであと死んだっぽいし。人権なしの片道切符の任務、捨てゴマとしてのつらい人生です。しかもヴェノム自身の言葉を信じるならば、そんな人権のない捨てゴマたちの中でもヴェノムは「loser(負け犬)」だったといいます。ライオットのほうが強いみたいなことも言ってたし、虚弱でばかにされていたのかもしれません(みんな虚弱なのに……といいつつライオットはかなり順調に宿主を次々見つけていたので寄生能力にも強弱があるのかも)。つらすぎる。そんなつらい人生のつらい任務中に出会った相性ぴったりの宿主、この時点で「ヤッター!俺生きた!」という奇跡だし、どうせ地球を滅ぼしたってまた次の侵略に向かうだけだと思えば、それならここで相性の合うコイツと生きよ!となっても無理はない。シンビオート族(仮名)の生きざまブラックすぎるから。
と私などは瞬時にここまでおもんぱかったので、ヴェノムが地球侵略やーめたってなった件についてはふつうに「まああるよね」と思ったのですが、「それはお前だ、エディ(Because of you, Eddie.)」だけだと「エディに一目惚れしたので母族を捨てました」みたいに聞こえるのですごい。いやおもんぱかったところで実際そう聞こえるけど。

ヴェノムを独立した人格とみて上記のような背景をおもんぱかると、エディとヴェノムの関係は「ひとりでは負け犬だけど俺たちふたりならなんだってできるんだぜ!」という黒社会ものとかでたまに見られる熱い絆のようなもの解釈することもできる。ふたりならどこへだって行ける。胸熱。

しかし以上はヴェノムをエディとは別の人格として見た場合であって、そもそもシンビオート族に人類がいうところの人格のようなものがあるのかは疑問です(少なくとも今回の映画の情報だけでは)。人格らしきものは寄生した宿主の意識を投影しているだけ……という解釈もありえます。アンに寄生したヴェノムが女性型だったことからもありそうな話。その場合、ヴェノムがエディに話しかけることはすべてエディ自身の声だし、ヴェノムとエディの関係はつまりエディ自身の自己との関係の話になるのでそれを次項で。


●SL(セルフラブ)としてみるヴェノムとエディ~負け犬のままのお前が好き~

 ジャーナリストとして絶頂にあったのに自分の行いが災いして仕事も恋人も失い、どん底にあったエディ。酒量が増え生活も荒れているエディがある日なにかに“憑りつかれ”、自分にしか聞こえない声が聞こえるようになり、支離滅裂な行動を見せるようになる。これは事情を知らないアンやダンから見ればあきらかに精神症状に見えますし、実際にそのメタファーともとれます。

 とくに自分にしか聞こえない声が聞こえる=幻聴は精神症状の代表的なものと思われますが、こういう時の“声”は否定の言葉を投げつけてくることが多いです。近年の映画では統合失調症のサイコキラーを描いたライアン・レイノルズの「ハッピーボイスキラー(The Voices)」(2014年)のネコなんかがそうでした(注3:この映画はホラーコメディですが、あきらかに統合失調症らしき描写を殺人とダイレクトに結び付けているので統合失調症へのスティグマを強化するものだという批判があります)。“声”は「お前は駄目だ」「お前は馬鹿だ」「皆お前のことを本当は馬鹿にしている」といった悪いことを吹き込んでくる。あるいは、「薬を飲むな」「殺人をしろ」「そうすれば世界の真実が見えるぞ」などとためらう主人公を悪へと誘惑し、万能感を煽ってくる。激しい自己否定と、それと反比例する万能感。“声”はそういう本人の精神の失調を代表することが多いです。

だから「ヴェノム」を見る前のダークなイメージってそういうものだったんですよね。“声”であるヴェノムはどん底にあるエディを「お前は負け犬だ」と詰りながら、大きな力でもって「俺とならこんな残酷なことだってできる」「もう誰もお前を馬鹿にしないぞ」と誘惑する。本人に残った“まともな倫理観”を代表するエディは「そんなことをしてはいけない」と必死に抵抗するが……というような構成。

そこで実際の映画はどうだったか。たしかにヴェノムはエディに「お前は負け犬だ」と吹き込みますが、前項のあの告白でなんと「俺も負け犬なんだ」とセットであることが発覚するので、あれは否定の言葉というより共感の言葉なのでした。すごいやさしい! びっくりする! それにヴェノムはエディに負け犬でなくなること、変わることを要求しません。「アンもダンもどうせお前をバカにしている」みたいなことも言わないし(アンについては好意さえ認めている、めっちゃ素直)、「人喰え、そうすれば奴らを見返してやれるぞ」とか誘惑したりもしません。ただ「お前さえ望めば俺たちにはなんでもできる」というエディへの肯定的な言葉をくれるだけです。やさしい……。

ヴェノムが俺も負け犬といい、負け犬のエディが気に入ったというならば、これは負け犬のままのお前(自分)でも良いというセルフラブ、自己受容。つまり「仕事も恋人も失っておちこんだりもしたけれど、エディは元気です」=ちょっと状況が悪くて精神的に病んだりしたけど健全なセルフラブを獲得して見事復帰しました!といういい話だった。セルフケアや肯定的な自己イメージの大切さへの注目がどんどん高まる2018年現在、厳しい自己否定による葛藤で物語を作るよりもこっちのほうが時代に合っているなあと私も今書いてて思いました。

しかしヴェノムが悪への誘惑ではなかったならなんでエディは最終的に「人喰ってよし」みたいなところへ着地しちゃったの?という問題なのですが、エディ自身がもともと倫理的にアレだからだよ! ヴェノムわるくないよ! そもそもエディの転落の原因は「悪いやつを追い詰めるためなら手段を選ばなくて良い」と考えたからでした。それでもエディが無害だったのはビビりだったからで、善い人だったからではありません。隣人に文句も言えないのは意外と怖そうだったからだし、強盗に出くわせば気配を殺して隠れている。そもそも記者として解雇になったあとも独自調査でドレイクの財団の闇を暴こうとかそういう気概もない。そう、エディにはヒーローの条件である「勝てないであろう相手だって立ち向かう」という資質がないです。エディには「悪いやつは許せない」という正義感はあっても、自分にパワーがなければ立ち向かえない。そんなエディがシンビオートのパワーを得て「悪いやつしか食べちゃだめ(悪いやつなら食べてもいい)」という方針に至ったのは、ヴェノムがエディを倫理的に堕落させたからではなく、ほぼほぼエディのもともとの性格です。エディは自己を愛することもできるし、親切な人でもあるんでしょうが、それとこれとは別軸の問題。健全で親切だけど倫理観やばいみたいなこと全然ありえるよ!

そう考えると、今作は倫理観のやばい人がやばさゆえに転落したが「そんな俺、良い!そんな俺かわいい!」と自己肯定感を確立しパワーアップして華麗に復帰する……というやばい話みたいに見えます。やっぱりアンチヒーロー物語だ。しかもトム・ハーディとヴェノムのかわゆみでこのやばさが一見隠蔽されているところもやばい。一周回った「最悪」が感じられる。


本作は大ヒットをとばしたのでカーネイジを悪役にフィーチャーした続編も当然視野に入るでしょうし、うまくいけばゆくゆくはスパイダーマンとの共演もワンチャン狙えると思われるのですが、ヴェノムとエディはたぶんこのやばみをかわゆみで圧倒したままいくんだろうな。という感じがします。それともいつか倫理観のやばみをスパイダーマンに喝破されて「悪役」になる日が来るのか。とりあえず続編決まるといいね。