The Book of Henry

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2017年サマーシーズンに彗星のように現れた大怪作。コリン・トレボロウ監督が「スターウォーズ エピソード9」から降板のニュースに一部で「えっ…あれでは…?」と囁かれたがそもそも興行失敗であんまり見た人がいないので囁かれただけだったことでも記憶に新しい「The Book of Henry」です。

私は予告を見かけて、変わったかんじの映画だなあーと思って公開後すぐ見てきたのですが、そんな予告でもにじみ出るほどの変さ。でも本編のほうが10倍変なのでむしろ鑑賞後には予告作った人すげーなと思いました。

私はこの映画がけっこう好きでパッションがあるので、ぜひみんなに見てほしい!感じてほしい!まっさらの状態で見て!という気持ちと、日本公開しないかもしれないし存在を知ってほしい!という気持ちが両方あり、エントリ書こうかどうか迷ったのですがといいつつ正直ただ単に私が「The Book of Henry」の話したいので書きます。でもセンスオブワンダー(?)を感じたい人は読まずに日本公開を待つかソフトを輸入しよう。

 

いいでしょうか? ここから下はスポイラーです。ただスポイラーにスポイルされるような「The Book of Henry」なのか? 言葉では伝えきれないのが「The Book of Henry」なんじゃないのか? そんな問いも出てくるので、読んでしまった場合も日本公開を待つかソフトを輸入しよう。またはNetflixの方角へ祈ろう。

 

 

 

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11歳のヘンリー(ジェイデン・リーバハー)はお母さん(ナオミ・ワッツ)と弟(ジェイコブ・トレンブレイ)と三人暮らし。ヘンリーは並み外れたIQを持つ天才少年ですが、愛情深い家族に恵まれて、弟と一緒に家の中で遭難ごっこをしたり、裏庭の隠れ家的な小屋でピタゴラスイッチ的な工作にいそしんだり、寝る前にはお母さんのウクレレ生演奏があったり、ファミリー映画の主役にふさわしい素敵な少年ライフを送っています。

 

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と思いきや、ヘンリーは死にます

批評筋向けの試写で「これについてはネタバレしないでね!」というお願いがあったというわりと本気のプロットツイストですが開幕すぐにバラしてしまいすまない。だってこれ言わないと先に進まないんだもん。あっ殺されるとかでなく病気なので大丈夫です。死因自体は物語と何の関係もありません。ないのかよ!

でも「The Book of Henry」が変なのは主人公かと思った子が途中で死ぬからじゃないんですよ。ヘンリーが死ぬ前にもう変だった。実際見てる時も「お?おお??おおお…おおおお???ん?…」って感じだった。最後の「ん?」がヘンリーが死んだとこです。

ちなみに画像はコリン・トレボロウ監督です。ヘンリーが死ぬ場面の画像はなかった(さすがに)ので代わりに貼りました。適当な素材がない時は代打監督でいきます。

 

 

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ところでヘンリーの生前、ほんわか仲良しファミリー映画感満載だった前半にも、実はちょっと不穏なところがありました。

まずはお母さんのスーザン(ナオミ・ワッツ)。息子2人を抱えるシングルマザーで、子供たちとの関係はきわめて良好ながら、天才とはいえ11歳のヘンリーに家計の管理を丸投げ。幼い下の息子の世話もほとんど丸投げ。友人との会話でも「全人類探してもあの子より大人の男なんていないし大丈夫~」とか言う。趣味はシューティングゲームで、家計簿をつけるヘンリーの横でばんばん敵を射殺。

スーザンは未熟な大人です。大人なのに大人として子供に接することができない。子供たちとはとても仲がいいけど、それは同じレベルの友達として仲がいいだけです。特にヘンリーが親の役割を肩代わりしていることは完全にabuseである。

未熟な親によるこどもの搾取という不穏さ、だがしかし映画はほとんど不穏なトーンをのせないまま、ほんわか仲良し家族っぽくこの3人を映していきます。このへんで「お?おお??」が出ます。

先に結論をいうと、私はスーザンが搾取的な親であることを、ちゃんとそれっぽく描かなかった(なんなら子どもと仲良しでいいお母さんふうに描いた)のが「The Book of Henry」のだめなとこでいちばんだめだと思います。

 

あと次もそうなんですけど、「The Book of Henry」の変さってなんなのかなって考えたとき、「ひどく陰惨なのに誰も陰惨さを認識できていないようにつづく」とこもいっこある。ホラーか。

 

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そして隣家に住むクリスティーナ(マディー・ジーグラー)。義父から(おそらく性的な)虐待を受けています。学校でも死んだ目をしている。

いやもう…なんとかしてあげて…。

正直このプロットラインは導入されたらもう解決されるまでこれ中心にいくしかないくらい陰惨だと思うんですけど、陰惨さへの感度がにぶい「The Book of Henry」なので、クリスティーナが虐待されている!とヘンリーと観客が知ってから実際に物事が動き出すまで体感30~40分くらいかかります。その間、ヘンリーの難病ストーリーもやらなきゃいけないので。順序よく覚えてないんですけどスーザンのやたら尺の長いほのぼのウクレレ演奏とかも発覚後にあったんじゃないかな?ちがうっけ?

陰惨かと思えばほのぼの。ほのぼのかと思えば難病。ジェットコースターのように変わる映画のトーンに「おおお…おおおお???」が出たところでヘンリーが死に、「The Book of Henry」の本領はここから。怒涛の後半へ。ここからかよ!ここからです。

 

 

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病死したヘンリーはノートを遺していました。そこには「クリスティーナの義父を殺そう。こちらが殺人計画です。ママよろしく」と書いてあります。

タイトル「The Book of Henry」は11歳による殺人計画のことだった! すごい展開だ。予告とかだともっとこう…天才少年の知恵と勇気と夢と希望が詰まったなにか…そんなものだと思っていたら、奇想天外なトリックとかも特にない、地の足のついたガチの殺人計画。この世の夢と希望とは…?

ヘンリーの死後、急におかしを作り出すなどなんか何したらいいのかわからない状態になっていたスーザンは、クリスティーナの虐待が事実だと知ると、このヘンリーのノートを実行にかかります。

いや殺人計画ですよ?「僕の宝物を隠しておきました。これが地図だよ。ママ見つけてね」という遺言ならまだしも殺人やで?って思うかもしれないけど、ほんとそのくらいのスムーズさで飲み込んだスーザン。ここすらいっそほのぼのの気配あったよね。「The Book of Henry」を支配するほのぼのの呪い。ホラーか。ヘンリーが一緒に残していたカセットテープの指示を聞きながら、ちゃくちゃくと虐待野郎の殺人計画を進めていくスーザン。

 

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こうなりました。

ここで生きてくるシューティングゲーム好きの設定。細かい伏線回収。「The Book of Henry」の変さはだいたいグローバルな部分にあるので、ローカルな部分はわりとまじめ。

そしてクライマックス、下の息子のおゆうぎ発表会から抜け出し(アリバイづくり)、虐待野郎射殺に向かうスーザン——! カットバックする小学校おゆうぎ発表会の様子——! 鳴り響くジアッキーノ(「ズートピア」「ローグワン」)の音楽——!

ここはぜひ見てほしい。何を見ているかわからないがすごいものを見ているという予感で胸が高鳴った。2017年もっともスリリングな鑑賞体験として思い出深いものになりました。ありがとう「The Book of Henry」。

 

「the book of henry」の画像検索結果

射殺の実行舞台となるヘンリーの小屋。

 

でも私がここまで長々と書いてきたのは、この次の、クライマックス中のクライマックスのシーンの話がしたかったからです。

——ヘンリーの計画通り、 射殺のタイミングを図るスーザン。耳元のカセットテープからはもういない息子の声で「今だよ、撃ってママ!」。撃つのか?本当に撃ってしまうのか?こんななんかよくわからない白昼夢みたいに殺人を?撃ってもいいけどこの映画どうやって収拾つけるの?——

でもある出来事があって、スーザンはふと銃を下す。そして言う。「撃たない。だってあなた、ただの子どもじゃない。」 

 

天才だからと理想化して、大人扱いして、頼りきって、そのまま死なせてしまった息子。今やっと気がついた。あなたは子どもだった。こんなめちゃくちゃな計画を立てるほど。

 

私ここで号泣。泣くところなのか。そもそも撃とうとしてること自体が謎のかたまりなのでやめたところで謎が増えただけではないか。わかる。でも私はここの…あまりに遅すぎた、あまりに取返しのつかない発見が、ああーつらいなあーって思ったんです。そんなあたりまえのことに気がつけなかったんだ、生きてるうちには。ヘンリーの死が単なるプロットツイストを超えて意味をもってきて、ここまでこの白昼夢みたいな話なんなの?って思ってた気持ちの7割くらいが成仏した。スーザンが白昼夢から目を覚ます話だったんだ…最初からそう言って…

 

ただ全体的にちょっと感情がにぶい「The Book of Henry」なので、このつらさ、この身を引き裂かれるような後悔を、全然そんなふうには描いておらず、なんならスーザンわりとサッパリした感じで終わります。おまえ人の心はあるのか。

 

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私ただただこのシーンの話がしたかっただけで、もう気が済んだので、結局殺さないなら虐待義父はどうなったの?とかそのへんのことはほんとに見て確認していただければと思います。気力がつきた。

それ以外にも、リー・ペイスが ヘンリーの執刀医として登場、そのあとも意外に出張るが物語にはほぼなんにも絡まない(絡みそうな気配なんだったの?)とか、サラ・シルバーマンがスーザンの親友として登場、意外と出張るが物語にはほぼなんにも絡まない(絡みそうな気配以下略)とか、見所もいっぱいあります。

 

総括してみると、スーザン自身によるこどもの搾取と隣家の虐待事件が同時に発生し、それを通してスーザンのほうは大人としてなんとか持ち直す(だがもう取返しはつかない)というすごく陰惨な話ながら、異様な明るさ/ほのぼのがあって映画のトーンがまだら模様になってるのが「The Book of Henry」の特徴です。スーザンがヘンリーの殺人計画を実行してしまうくだりにしても、心身ともに頼り切っていた息子の死を受け止められず尋常な精神状態ではなかったとかそういう説明があれば(めちゃくちゃ暗いけど)わからないではないのに、あくまで明るい空気が抜けず逆に怖い。ほのぼのの皮をかぶった修羅。

とパッションを込めて綴ってきましたが、やっぱり私の力では「The Book of Henry」の本領の10分の1も表現できていない気がするので、もっと多くの人に見てほしいと思いました。私ももう1回見たいし皆でNetflixの方角へ祈ろう。